2011年1月26日水曜日

襟裳の春は秋だった・ 森進一の歌の歌詞・2009年北海道旅行23/28

襟裳岬に行くたびに、森進一の歌の歌詞「えりもの春はなにもない春~」を思い出すのです。

今までは夏にしかいけなかったので、いつも霧につつ
まれていて見ることができませんでした。「えりもの
夏もなにもない夏~」と思っていました。

ところがです。今回は違っていました。
襟裳岬は北海道のひし形の一番下(南)の角にある岬
で、美しい日高山脈の南の終点にあり、岬から続いて
伸びている岩礁がそれはそれは美しい岬だったのです。

しかも、その岩礁では、銭型あざらしがひなたぼっこ
をしていたのです。

実は、岬にあるステキな建物・風の館からコーヒー
でも飲みながら銭型あざらしを見学しようと思ったの
です。が、入館料500円で、喫茶店は無く、風体験の
設備みたいなのがあるだけなので、やめました。

喫茶店があったら入館料を払っても入ったでしょう。
すてきな建物なのに残念でした。職員が数人いまし
たが、お客さんはゼロでした。多分公立?

てなわけで、外で双眼鏡で銭型あざらしを見たのです。
かわいかったですよ。
(写真をクリックするとクリアに拡大されます)
IMG_3548.JPGIMG_3559.JPG
それで、森進一の歌の歌詞ですが、「えりもの春」の
前の歌詞は何だったかしらと調べたら、
「北の街ではもう悲しみを暖炉でもやしはじめている
らしい」で始まるのです。

今回は山の方の旅館ではもうストーブを使用していま
したので、この歌は今頃の歌ではないかと、不思議に
思いました。

するとなんとすぐそばに
「きっこのブログ」2009.11.11の記事があり、彼女も
「えりもの春」に疑問を持ち、調査した結果、
なんと、えりもの春は作詞者岡本おさみが作ったもの、もとは「えりもの秋はなにもない秋」だったのだとか。

それを、作曲者の吉田拓郎が、歌いやすいためか、何
かで変えてしまったらしいというのです。

しかも、岡本おさみが襟裳に行ったのは、作詞をして
から7年後だったというのだ。
だから「なにもない秋」だなんて書いたのだろう。

えりもの秋はこんなにもすばらしいのに。
襟裳の人々よ、もっと怒って良いと思いましたよ。


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2011年1月25日火曜日

シャクシャイン像とアイヌ民族資料館・2009年北海道旅行24/28

2009」年9月9日(水)
襟裳岬のえりも観光館に一泊し、支笏湖へ向かう途
中、新ひだか町静内地区の真歌公園に立ち寄った。

数十年前、アイヌの英雄シャクシャインの像を見た所
だ。私の記憶ではシャクシャインの像は国道か
ら見えたと思ったのに、それは公園の中にあり、とても
国道からは見ることはできなかった。
私の記憶はたいてい不確かであるのが情けない。

国道235号沿いの小高い丘の上にある真歌公園はア
イヌの英雄シャクシャインが和人との戦いで最後に砦
を作った所として有名とのこと。

シャクシャインの戦いとは、
1669 年北海道日高を中心に起きたアイヌ民族の蜂
起。シブチャリ(現,新ひだか町)-アイヌの首長
シャクシャインに率いられた二千余名のアイヌは
松前藩の支配と収奪に抵抗して蜂起するが,奸計
(かんけい)にあい鎮圧されたシャクシャインの蜂起。
(新国語辞典より)


いつの時代も、また世界中いたるところでも、強いもの
が弱いものから搾取する構図が変らないのは、悲しい
ことですね。
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写真をクリックするとクリアに拡大されます。

シャクシャイン像の近くにある、アイヌ民族資料館には
100種類500点以上の民具などの貴重な資料を保存
展示していて、少しながら、アイヌの歴史と暮ら
しに触れることができた。

アイヌの資料を見るたびに、私の心を和ませてくれるの
が、衣服や、調度品に描かれている、あのアイヌ独特
の模様だ。

あんなに暖かい芸術を持つアイヌ文化を絶やしては
いけないといつも思う。
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2011年1月24日月曜日

国立公園支笏湖のやすらぎ・2009年北海道旅行25/28

2009年9月10日(木)
昨夜は支笏洞爺国立公園内、支笏湖丸駒温泉旅館泊。
もう薄暗くなっていたので、ゆっくり温泉に浸かって
今朝、クルーザーに載せてもらって、支笏湖を一周した。

国立公園支笏湖は、今から4万年前の火山活動により陥没
してできたカルデラ湖です。そのため、アイヌ語の
「大きなくぼ地」という意味の「シコツ・トー」が由来
となって支笏湖という名がついたそうです。(国立公園
支笏湖運営協議会のパンフレットより)

(トーというのは確か沼とか、湖とか言う意味だったと
思ったけどなあ)

それにしても支笏湖は静かだ。札幌、千歳、苫小牧の
すぐ近くにありながら、観光地化していなくて、本当
に手付かずの自然が残っているのだ。
IMG_3592small2009.9.10.JPGIMG_3593small2009.9.10.JPGIMG_3596small2009.9.10.JPG
写真をクリックするとクリア
に拡大されます)

平日のせいか、他には船もなく、クルーザーも私達夫婦
のみで、借り切ったようなものだった。

本当に大自然のふところに抱かれたようなやすらぎを
覚える、すばらしい湖だ。

広葉樹が多いので、秋も紅葉もすばらしいとか。今回は
紅葉には少し早すぎたので、次回は紅葉真っ盛りの時
に来ようと心に誓って、クルーザーを降りたのだった。


支笏湖のデータをパンフレットから抜粋しておきます。

支笏湖の

周囲 約42km

透明度 25mは、水質とともにわが国トップクラス

平均水温 3.6℃
  水温は非常に低いが、深いため、厳冬期にも湖が
  凍ることはなく、

日本最北の不凍湖とも呼ばれている

最大深度 363mは、わが国では田沢湖に次いで
題2位

ステキな湖です。

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2011年1月23日日曜日

大滝村の道の駅「フォーレスト276大滝」・2009年北海道旅行26/28

2009年9月10日(木)
支笏湖のクルージングを終えると、北海道大滝村にある
道の駅「フォーレスト276大滝」に休憩のため立ち寄った。

知らなかったが、ここはトイレがあまりにもりっぱなのに
びっくりした。すべてがトイレという感じで、なんとトイ
レの前には観客席を置いた自動ピアノ演奏(グランドピア
ノ)があるのだ。あの一億円でたてたという豪華な道の駅だった。

トイレがほとんどを占めている道の駅にとまどっていたら
隣に「きのこ大国」と書かれた建物があって、100円のき
のこ汁につられて、昼食を食べ、天然水を汲むために
京極噴出し公園に向かった。

車の旅行の場合は、必ずどこかで、おいしい天然水を汲ん
で帰るのが慣わしになっている。

コーヒーやお茶の味が全然違うからだ。
これも、定年退職してからの楽しみの一つになっているのだ。

数年前も、ここで天然水を汲んで帰ったのを思い出した。
前回は夏休みの期間だったので、子供達が大勢いたけれ
ど、今回は、平日のこともあり、静かであった。
わざわざ北海道から群馬まで水を運ぶなんて、物好きですね。

きのこ大国↓         京極ふきだし公園↓
IMG_3615short2009.9.10.JPGIMG_3620short2009.9.10.JPG
(写真をクリックすると拡大できます)

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2011年1月22日土曜日

昭和新山と有珠山(うすざん)・2009年北海道旅行27/28

2009年9月10日(木)
昭和新山(標高398m)は昭和にできた火山であるとい
うことは知っていたが、昭和新山は、1943年12月から
1945年9月までの2年間に17回の活発な火山活動を見
せてできた溶岩ドームとのこと。

私も夫も1944年生まれであるから、ほとんど昭和新山
と同じ年である。

これを知って、頭がはげたような、昭和新山に急に親
しみを感じてしまった。

当時は太平洋戦争中であったこともあり、世間の動揺
を抑えるために噴火の事実は伏せられ、公的な観測す
ら行うことができなかったとのこと。

そのため、地元の郵便局長、三松正夫が、その成長の
詳細な観察記録を作製し、これは後年貴重な資料とな
ったことは言うまでも無い。

また、三松は貴重な火山の徹底的な保護と、家と農場
を失った住民の生活の支援のために、民家から山にな
ってしまった土地の買い取りを行ったという。

昔はこのようなりっぱな人をよく見かけたけれど、
近年はこういう人が出てこないのはなぜだろう。

このため昭和新山は三松家の私有地であり、ニュー
ジーランドのホワイト島等と同じく、世界でも珍し
い私有地内にある火山であるのだ。

三松正夫が観察している像があったのに、写真を
撮り損ねてしまった。

昭和新山は1957年に特別天然記念物に指定された。

現在、昭和新山の山麓には、三松正夫記念館が建
っている。今回は時間の都合で入館できなかった
が次回は是非見ようと思う。

昭和新山↓           有珠山(うすざん)噴火口↓
IMG_3622short2009.9.10.JPGIMG_3635small2009.9.10.JPG
(写真をクリックすると拡大します)
昭和新山から有珠山ロープウェイに乗り、約6分
で、有珠山山頂駅に着いた。


有珠山は、標高737mの活火山である。
20世紀の100年間だけで実に4度もの噴火活動が
観測された、世界的にも活発な活火山とのこと。

少し歩くと、昭和新山、洞爺湖、太平洋(噴火湾)
が見渡せる絶景のコースである。

今も煙(水蒸気?)を上げる噴火口も見ることが
できた。

洞爺湖ジオパークが、2009年8月22日に国内初の
世界ジオパークに認定され、その名は
『洞爺湖有珠山ジオパーク』と命名されたと。

洞爺湖有珠山地域の魅力が世界レベルで認めら
れた証で、国内初のことだそうです。
おめでとうございます。

次回はもっと時間に余裕を持ち、この世界
ジオパークを歩くつもりです。

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2011年1月21日金曜日

函館山の夜景・2009年北海道旅行28/28

2009年9月11日(金)
北海道の旅もいよいよ残り少なくなってきた。
洞爺湖畔の洞爺観光ホテルを出発して函館に向かった。

途中噴火湾越しに見えた駒ケ岳は、行く時に見たのとは
反対側だが、また別の美しさを見せていて、すばらしい
眺めだった。
IMG_3655small2009.9.11.JPG(写真をクリックすると拡大します)
噴火湾という名前が面白くて、この湾が昔噴火したのか
と思っていたが、

噴火湾の名前の由来は、江戸時代中期の1796年(寛政8年)にこの地を訪れた英国海軍探検船「プロヴィデンス
号」の船長であったブロートンが、駒ケ岳や樽前山、
有珠山等が盛んに噴煙を上げているのを見て噴火湾
と名付けたもので、

実際のところは特にここが大噴火によって陥没してできた
巨大なカルデラだという意味ではないそうです。

五稜郭に立ち寄り、東横インホテルの無料夕食のカレー
を食べて夜を待った。
東横インホテルは朝食も出るし、とてもお得で、気に入った。

函館山の夜景は世界三大夜景(ナポリ、函館、香港)に
挙げられ、季節を問わず毎日多くの観光客でにぎわって
いるというのに、

あろうことか、私は何度行っても、今まで見ることがで
きなかったのだ。よほど心がけが悪いのであろうか?

ところが今回は、とうとう見ることができたのだ。
湾の形に沿って、宝石をちりばめたように光る明かり。
まわりが暗くなるに従って、一層かがいてくる光の
芸術に見とれてしまった。感激です。
やはり写真では表せない美しさだ。
IMG_3683small2009.09.11.JPG(写真をクリックして下さい)

いつか、ナポリと香港の夜景も見に行くぞ。

メモ:函館山の標高は333m。今回はロープウエィでは
なく、東横インからシャトルバスで頂上まであがった。

2009年9月12日(金)
とうとう見ることができた函館山の夜景の感激を胸に
再び津軽海峡フェリー高速船ナッチャン号に乗って
青森港に向かい、今回の北海道の旅はついに終わった。

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2010年4月より、旅日記を別のブログ[元気ナースの旅日記]に分離しました。↓こちらもどうぞよろしく。
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2011年1月20日木曜日

定年後の桜の旅(東北)

在職中は、桜の時期はなかなか休みがとれなかったので、夫が定年退職したら、毎年私が大好きな桜の旅をする約束をしていました。

しかし、一年目(2005年)の春は夫の弟が癌で亡くなり、悲しい桜になりました。館林公園の桜がひときわ美しく感じられ、散り始めた桜を見ながら、命のはかなさを思ったものでした。そして、いつどうなるかわからないのだから、好きな桜を早く見なくてはと心に決めました。

弟の49日をすませて、傷心の姑をなぐさめるために、姑を連れて私の実家をたずねる桜の旅にでました。
角館、弘前の桜を見て、仏が浦、下北半島の恐山に行ったのを覚えています。良い写真が残っていないのが残念です。

二年目(2006年)は夫の希望で九州に行き、各地の城と桜を見ました。
一本桜は、一心行の桜でしたがまだ咲いていませんでした。
どういうわけか、2006年の写真がパソコンに入っていません。

HDDを入れ替えたとき、どこかに行ってしまったのでしょうか。

三年目(2007年)4月17日出発の桜の旅はやはり実家の弘前に行く道、福島県三春の滝桜(日本三代桜)からでした。最初の一本桜です。
写真はクリックして拡大してください。
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数年前雷がおちて、上の枝が一本折れてしまったとのことでしたが、それでもとてもきれいでした。一本桜はそういうことがあるので、折れたり、かれたりしないうちに行かなくては、とあせりを覚えました。

満開時は、とても混雑するというので、前の晩近くのモーテルに泊まり
朝一番に出かけて見に行ったのは正解でした。

弘前の桜はまだでした。いつも4月末から5月の連休にかけて咲くのですからね。
朝のドラマ「どんと晴れ」で有名になった小岩井農場の一本桜を見に立ち寄りましたが、まだつぼみでした。
が、背景の岩手山に雪が積もり、美しい眺めでした。
写真はクリックして拡大してください。
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それから盛岡の石割桜を見ました。写真はクリックして拡大してください。

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みごとに石を割ってきれいに咲いているさくらには感動しました。強いですね。

桜をみるために、秋田の角館にまわり、武家屋敷の桜をみました。黒塀にピンクの桜がとても合っていました。写真はクリックして拡大してください。

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岩手県北上の展勝地の桜は満開でした。奥羽山脈を背景に美しい桜でした。

四年目(2008年)はまず4月9日に出発して、山梨県の山高神代桜(日本三代桜)をみに行きました。さすが神代の時代から咲いている桜なので、その幹の太くて痛々しいこと。枯れないうちに見ることができてホットしました。
写真はクリックして拡大して見てくださいね。↓
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山高神代桜を見た後、2008年4月21日からまた、東北の桜の旅に出発しました。
今度は弘前城の桜を見て来ました。
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朝のドラマ「どんと晴れ」で有名になった小岩井牧場の一本桜、今回は満開でした。
岩手山を背景に凛と立っているすがたはさわやかでした。
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そして定年五年目(2009年)を迎え、日本三代桜の三代目である薄墨桜を見る段になったのです。

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